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【大谷桃子】車いすテニス歴4年で全仏準V!?wiki的プロフィールや過去の経歴、使用ラケット、ウエアについても

2020年全仏オープン車いすの部、女子シングルス決勝戦は、日本人対決という歴史的な一戦となりました。何度もグランドスラムタイトルを手にしている上地結衣選手と決勝を戦うことになったのは、グランドスラムに挑戦してまだ2戦目だという大谷桃子選手25歳。

このページでは、車いすテニス界に突如として現れた新星大谷桃子選手にスポットを当ててwiki的プロフィールや、車いすになった理由、過去の戦績や使用ラケット・ウェアなどについてリサーチしてお届けしていきます。



大谷桃子の身長体重出身などwiki的プロフィール

 

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名前 大谷桃子(おおたに ももこ)
国籍(出身地) 日本(栃木県)
生年月日 1995年8月25日(25歳)
身長・体重 162cm・ ?
利き手 右利き(バックハンドは片手打ち)

大谷選手は生まれつき足に障害があったわけではありませんでした。

そのため、お兄さんの影響で小学校三年生でテニスを始めた時は健常者としてプレー。

その中でも、中学校の頃には既に関東大会レベル、高校ではダブルスでインターハイに出場するなど、充実したテニス生活を送っていました。

高校卒業後はスポーツトレーナーになる夢を実現するために専門学校に入学。その頃病気が発覚し、入退院を繰り返すようになりました。

薬の副作用で右足が完全に麻痺。右手の指も自由に動かすことが出来なくなって、車いす生活が始まったのだと言います。

右手の握力は6~7kg程度のため、自力でラケットを握ることが出来ず、テニスをするにはテーピングで固定しなければならなくなりました。

大好きだったテニスもできない。車いすが無ければ、自由に動くことが出来ない。大谷選手は引きこもってしまうようになりました。

そんな中、大谷選手はお父さんの勧めで車いすテニスに出会います。もともと大好きだったテニス。

一度体験してみましたが、チェアワークとラケット操作を同時に行わなければならない車いすは、大谷選手が知っているテニスとは全くの別物で、思うようにいかなかったそう。

そのため、すぐに「車いすをやろう」という気持ちにはなれなかった大谷選手でしたが、2016年ジャパンオープンを観戦し、世界トップのプレーに大きな刺激を受けました。

そして、車いすテニスの道に進む決意を固め、2016年から本格的に車いすテニスをはじめました。2020年東京パラリンピックを目指す覚悟を決めたのです。



大谷桃子のこれまでの戦績について

それでは過去の戦績についてみていきます。

<健常時>

2012年栃木県高校総体関東予選大会 団体 優勝

2012年全国高校総体テニス県予選会 団体 準優勝

2013年栃木県高校総体関東予選大会 団体 優勝

2013年全国高校総体テニス県予選大会

団体 準優勝、個人ダブルス優勝

2013年全国高校総体テニス大会 個人ダブルス出場

2013年国民体育大会選手選考会 4位

上記は大谷選手が健常の頃の戦績になります。

これを見る限り、栃木県でトップクラスの選手だったことが伺えますね。

目標だったインターハイにも出場出来て、テニスは一区切りという気持ちもあったようです。

 

<2016年>

7月 兵庫県車いすテニス大会で試合デビュー

9月 国際車いすテニストーナメント 準優勝

10月 ピースカップ国際/国内交流車いす大会 準優勝

11月 全日本車いすテニス選手県 準優勝

2016年から本格的に車いすテニスをはじめた大谷選手。わずか数か月で国際大会で準優勝するほどに実力をつけていきます。

11月の全日本では、決勝で上地結衣選手と対戦。第一セットで追い詰めるものの、惜しくも準優勝でおわりました。

驚くのは、2016年中は男子の先輩選手の競技用車いすを借りて出場していたということ。

車いすテニス1年目、自分専用の車いすではない、満足なプレーが出来ない中での全日本準優勝。

大谷選手の潜在能力の高さが伺えますね。

また、2016年の活躍により、競技をはじめて1年も経たずに東京パラリンピックにむけた指定強化選手に選ばれました。

 

<2017年>

5月 ジャパンオープン 2回戦敗退

7月 ミッドウエストチャンピオンシップス 優勝

7月 バンクーバーインターナショナル 優勝

8月 仙台オープン 単複 優勝

8月 神奈川オープン 単複 優勝

2017年5月、1年前には観戦していたジャパンオープンに出場。メインドローの2回戦でオランダのディード・デグルート選手と対戦し、敗退しました。

デグルート選手は当時世界3位、2020年現在は世界1位で、今年のUSオープン覇者でもあります。

2020年全仏では準決勝で、デグルート選手を7-5,6-4で破っての決勝進出でした。大谷選手がリベンジを果たした形になりますね。

<2018年>

5月 ジャパンオープン 単 ベスト8

10月 アジアパラ競技大会 単 銅メダル

12月 全日本選抜車いすテニスマスターズ 優勝

<2019年>

5月 ジャパンオープン 単ベスト16 複ベスト4

5月 車いすテニス国別対抗戦「ワールドチームカップ」銀メダル

5月 全日本選抜車いすテニスマスターズ 優勝

7月 ブラジリアオープン 優勝

9月 高雄オープン 準優勝

10月 2019ピースカップ 優勝

<2020年>

1月 ツイードヘッズ国際車いすテニスオープン ベスト4

1月 メルボルン車いすテニスオープン ベスト4

9月 全米オープン ベスト8

10月 全仏オープン 準優勝

車いすテニスのグランドスラムは狭き門(詳細は下記)のため、2020年になり、はじめてグランドスラムへの出場が叶いました。

1度目は全米オープン。初戦で上地選手と対戦し、2-6,6-7で負けてしまいます。

2度目が全仏オープン。世界1位のディード・デグルート選手を破っての決勝進出。

惜しくも上地選手には負けてしまいますが、充実した大会だったことでしょう。2020年シーズンはまだまだ続きます。今後のさらなる活躍にも注目していきましょう。



大谷桃子車いすテニス4年で全仏準Vってすごい?上地選手と比較

大谷・上地、両選手のデビュー4年の年末ランキング比較

まずはランキングの推移から見ていきたいと思います。

前述した通り、大谷選手が車いすテニスの試合にでるようになったのは、2016年のこと。

ITF(国際テニス連盟)のHPで過去の年末ランキングがわかりましたので、ご紹介します。

2019年 10位

2018年 19位

2017年 21位

2016年 70位

出典:ITF公式HP

右肩上がりで上がってきていますね。

5年目の今年は全米出場や全仏オープン準優勝という大きなポイントが加わるため、さらに浮上することが予想できます。

 

それでは、日本のエース上地結衣選手は、デビュー4年でどこまでランキングを上げたのか比較していきす。

2010年 20位

2009年 26位

2008年 33位

2007年 83位

出典:ITF公式HP

いかがでしょうか。

上地選手も同じように右肩上がりでランキングが上がってはいるものの、TOP10には手が届いていませんね。

大谷・上地、両選手の4大大会での結果比較

また、今大会大谷選手はグランドスラムへの2度目の挑戦で見事準優勝ということでしたが、こちらについても上地選手と比較してみたいと思います。

まず大前提として、健常者のグランドスラムと車いすテニスのグランドスラムでは全然違うということはご存じでしょうか?

車いすテニスのルールや大会などについてはコチラ

くわしくは上のリンクから詳細ページを見てほしいのですが、簡単に説明すると…

  • 多人数が出場する健常のグランドスラムとは異なり、車いすテニスのグランドスラムは世界ランキング上位7名+ワイルドカード1名の合計8名のみが出場を許される。
  • ランキング上位者のみが出場できるというはt点では、健常のプロテニスでいう、WTAファイナルズやATPファイナルズのよう。
  • どの選手も「グランドスラムに出場すること」、「グランドスラムタイトルを獲得する事」が大きな目標。

そもそもグランドスラムに出るということがいかに狭き門かがお分かりいただけたのではないでしょうか?

 

この車いすテニスのグランドスラム2度目の挑戦で大谷選手は見事準優勝という快挙を達成。

ちなみに、上地選手がはじめてグランドスラムに出場したのは2012年全豪オープンでした。結果は初戦敗退。

第2戦目は同年の全仏オープン。こちらも初戦敗退でした。

 

その後、上地選手はご存じの通り8度のグランドスラム制覇を成し遂げていくわけですが、初戦・第二戦に関しては勝ち星をつけることができず、苦しい戦いでした。

それもそのはずですよね。

車いすグランドスラムは世界ランキング上位者しかでれないわけで、その中で勝つのは非常に大変なことなのです。

 

試合後のインタビューで、上地選手が大谷選手との決勝について「2回目のグランドスラムで勝たせるわけにはいかない」「意地で戦った」というようなコメントをしていました。

それだけ、2度目のグランドスラム挑戦で準優勝という結果は凄いことだということなのでしょう。

 

この結果だけをみれば、今後上地選手に追い付け追い越せという更なる活躍がみられるのではないかと期待してしまいます。

が、実際の試合運びなどをみると、まだまだ上地選手が一枚も二枚も上手であることがわかります。

 

しかしながら、このままのスピードで大谷選手が成長していけば、来年の東京オリンピックが、大谷選手と上地選手で再び決勝を戦うということも夢ではないかもしれません。

日本人として、これほどわくわくすることはないですね。今からその日を楽しみにしたいと思います。



大谷桃子のプレースタイル

この動画は上地選手と対戦した、全仏決勝の実際の動画です。

大谷選手は海外の選手にも負けないパワフルなテニスが武器。

車いす女子選手の中ではトップクラスのスピードをもつサービスが強み。コースと回転を組み合わせて9種類ものサービスを打ち分けます。

また、スピンがかかった深いフォアハンドも特徴。サーブ同様速さが魅力。男子選手との練習で培ったスピンが、相手のコートで高く跳ねます。

車いすテニスは高さのあるボールが取りにくく、またボールを打つときに両方のおしりが車いすから離れてはいけないというルールがあるので、はずむスピンボールは相手を崩していく有効な手段と言えます。



大谷桃子の使用ラケット・ウェアについて

 

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大谷桃子選手が使用しているラケットは、「TOALSONのOVR117 」ストリングは「スプラゲージ125」です。

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大谷選手のウェアはエレッセです。

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まとめ

いかがでしたか?

ここまで「【大谷桃子】車いすテニス歴4年で全仏準V!?wiki的プロフィールや過去の経歴、使用ラケット・ウェアについても」ということでお届けしてきました。

大谷桃子選手についてまとめると…

  • 大谷選手はもともと健常プレーヤーとして、ダブルスでインターハイに出場する腕前をもっていた。
  • 高校卒業後に、病気を患い、薬の影響で歩けなくなり、車いす生活に。
  • 父親の勧めで車いすテニスと出会う。一度はあきらめかけるも、世界トップの試合を見て、頑張る決意をする。
  • 2016年から車いすテニスをはじめ、その年に東京パラリンピックの指定強化選手へと選ばれる。
  • 車いすテニスをはじめて4年。グランドスラム2大会目で、準優勝の快挙。史上初のグランドスラム決勝での日本人対決が実現。上地結衣に軍配。
  • 使用ラケットはトアルソンのOVR117、ウェアはエレッセを着用

ということがわかりました。

2020年大きな飛躍を遂げた大谷桃子選手。今後も応援していきたいと思います。

大谷桃子選手については以上です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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